、ほんとにくさくさ、くさくささせるんだな」

「片方になにもできずに安心していられるにはどんなふうにすればいいんでしょうか」と彼
女は言った。その声は今にも泣きだしそうだった。
「そんなに案じなくてもいいんだよ」と先生は言った。「なにかができるということはね、
なんの根拠があるわけでもないんだよ」
彼は自分の周囲を見まわした。
「わしはあなた方のもとのアパルトマンのほうが好きだったがね。あそこはここより健康的
だったね」
「ええ、でも」とコランは言った。「ぼくたちのせいじゃないんです」
「ところで、あなたは生きていくのに何をしておられるのかな」
「いろんな物事を勉強しています」とコランは言った。「そしてクロエを愛しています」
「あなたの働きはお金にならないんかね」
「なりません。ぼくは世間でいうような意味の働きをしていないんです」
「働くというのはいまわしいことでね、わしにはよくわかっておる」と先生はつぶやいた。
「だが、みんながしたいと思うことをすれば、だれひとりお金を手に入れることはなくなる
んでね、だから・・・・・・」
彼は言葉をやめた。
「このまえに、あなたはわしに見せてくれたね、すばらしい効能のある器械があったが、ま
だここにあるかね」
「もうありません。売ってしまいました。でも何か飲み物をさしあげることはできますよ」
マンジュマンシュは黄いろのシャツの衿に指を入れて首筋を掻いた。
「それではお伴しよう。若奥様、さよならですな」
「先生さよなら」クロエは言った。
彼女はベッドの裾の奥にもぐりこんで、掛布を首の上までひき寄せた。彼女の顔は緋色の
へりをつけた藍紫色のシーツに映えて明るくやさしく見えた。




「日々の泡」 引用
ボリス・ヴィアン
訳: 曽根 元吉