問うこともなく夜の縁から溶けてゆく


「或る夜ぼくらは醒めている」
北川透


暗い夜の渦巻きに流されるようにしていると 点滅するライトでうかびあがる あなたの裸身の豊穣は終末の予感なのか あるいは愛のはじまりなのか 問うこともなく夜の縁から溶けてゆく ぼくらの眠りの時間 断念してしまった生活は 強いられたかたちでのみ続き すべてを見尽くしてしまったあなたは守るべき生活もない それでも暗い空にむかって始めようとするあなたの意志の尖塔に ぼくは何をかかわらせたらよいのか すべておおわれたものはおおわれたままにせよ そこにくずれるものは何もなく ぼくらは同じ風景のなかで変わらぬ表情を見つづけている あなたの手がぼくの手をつつみ それが隠した闇のなかで ひそやかに呼吸するものの声を聞こうとするとき きっとぼくらは醒めているのだ 眼に見えぬものたちのためにあることばを ぼくらがそのとき聞いてしまえば 暗い夜の渦巻きはどこかで断ち切られ ぼくらは今いるところに もうこれ以上いることはできない 愛しているということばが 見えるものたちの所有に帰しているいま あなたはことばから追放されたもののしぐさで脱ぎ始める そこから夜は幾重にも剥がれてゆき あなたの裸身の茂みの奥に 息ずいていることばをむき出しにする そのようにしてはじめてしまったあなたをぼくは自由と呼んでみたいが ひとびとはたちまち不幸と名付けるだろう 窓外の黒い木立ちにいっせいに 偏見の砂が吹き寄せ 常識の破片が突き刺さってゆくが ほんとうはまだ何もはじまっているわけではないのだ 遠い灯がちぎれるように飛んでゆき ぼくらの愛は幻影であるかも知れない という思いに胸を詰まらせて あなたもまたねむりにつくのだろうか