歩いていられないのは…
私のせい
苦し紛れに放った言葉は
地面に落ちて転がったまま・・・
yurinaは自由な存在。かつてomeguがそうであったように、私は自由に生き、自由に言葉を書く。朗読会出るんだよって言ったらきっとomeguは「イイナーユリナっち、メグも出たい」って言うんだろうな。私は彼女の言うようにomeguは継げないけど、その存在は継ぐつもり。omeguは自由なんだ。私は自由に生きる。私の世界を泳ぐ。
某朗読会に出ることになりました。平日です。もう10回もやっているらしい。だから肩肘張らずに出てみようと思う。詩を選ばなくちゃね。過去の数年分の詩を少しずつ片付けていかねばならない。アア、覚えなくちゃ。
「そこには海がある」とあなたが話すと、ベッドの周りが海になる。どこまでも広がる自由な空間となる。それくらい、うまくなりたい。朗読のレベルを向上させたい。母は朗読がうまい。声の奉仕も続けているらしい。母の声は好きだ。控えめで恥ずかしがりやで人見知りな私の母。積極的で独特の父。この前も書いたけど、本当に私はこの人たちの血を継いでいるのだなと思った。両親は嫌いじゃなくなった。やっと反抗期が終わったらしい。長かった。今ごろ福島にいるのかしら?夫婦旅行を楽しんでいるのだろう。
わたしとわたしがひとつになるとき
やっと落ち着くんだ。私がいて私がいる。
分裂してるわけじゃないけど、正反対の私がここにいる。
その混乱の中にもヒントがあるかもしれないじゃない?
苦しくても、生きてくつもり。どっちかが生きたいと言うのなら。
KLAUS NOMIのアルバムを2枚借りて、久々にしっくりくる歌と出会った。この人はエイズで亡くなった最初の有名人だと言われているらしい。好きな歌は身震いがする。ぞくぞくして、私にまで言葉が溢れて来るんだ。
「そこに海がある」と言うと、あたりは海となる。まるで旧約聖書の世界。モーゼの話を思い浮かべる。旧約聖書は嫌いじゃない。よく読んだ。
降り始めの雨の匂い
悲しい涙のように
生温い風が吹き
此立ち止まる
知らぬふり
わたしは
知らぬ
お前
等
いま
だって
見えない
雨の中にも
お前はいない
悲しい雨が降る
今夜は寝てしまう
降り始めの雨だから
私は誰なんだろう
今ここで涙を流すのは
たったひとり
私は知らない
あなたのことも
自分のことさえ知らないのに
わかるわけがないわ
眠ってしまおう
眠ってしまおう
誰にも邪魔されないように
自分を掘り起こして
眠ってしまえば誰にも会わない
私に今さよならをしよう
yurina、あたしは自由な存在。自由に生き、自由に言葉を話す。
誰にも邪魔されない。ここに言葉を下さい、神様。
本当の道を教えてください、私は愚者です。神様。
どうか自由に言葉を語らせてください・・・
BGM KLAUS NOMI COLD SONG
I can scarcely move
Or draw my breath
Let me, let me
Freeze again
Let me, let me
Freeze again to death.