楽苑通りを

メトロプラザIIのホストクラブの男の子達が、お客であろう若い女の子2人と笑いながらアイスを食べている。それを眺めながらラブホ街を横切っていると、遠く三角路の辺りで何かが輝いていた。まるでキラキラのフォトショブラシを中空から降らせたように、無数の白い何かが空から降りてくる。梅雨の合間の陽の光を受けながら、キラキラ輝いている。私は目が悪いから、遠くのものは極端に明るく見えてしまう。1つの灯りも、10倍増しくらいに。だから、その中空のキラキラした光の正体は、ぐっと近づくまでわからないのだ。自転車に乗ったまま斜めの道を突っ切り、光に向かって走る。すると、自転車に乗った老婆が手を振り回しているのが見えてきた。老婆が着ている緋色のワンピースは、昨日サブナードで見たワンピースとよく似て非なるギラツキで、薄水色の自転車にヒロヒロ泳いでいる。老婆は自転車に乗ったまま、右手を胸の前から180度後ろに向かって半円を描く。リズムを合わせたかのように、無数の光がどんどん中空から降りてくる。キラキラしている。何?って目を凝らす間もなく、鼻にきたのは腐った下水道のような臭い。漂う悪臭に顔をしかめる前に、ドサバサドワワッと羽ばたく羽が擦れる音がした。ラブホテルとラブホテルの狭い路地、ホテル楽苑のあたり。老婆の手の動きに合わせて集まってきたのは、鳩。きっとそこらじゅうの何十匹もの鳩が、老婆を目がけて中空から降りてくる。遠く私が見た光は、鳩の翼が陽光に反射する光だった。老婆の手に青い袋が握られている。老婆が空中に向かって振りまいているのは、キャットフード。餌付けされる猫が食べる間もなく、無数の鳩に啄ばまれている。右へ左へ吹っ飛んでいる。私が近づく一瞬の間に、緋色の老婆はいなくなっていた。ゲロみたいな腐った臭いに鳩の羽ばたき。つい思い出したのは、3月11日の東北大地震の前に見た光景だった。日曜日の朝、ミスドの前の吐瀉物を啄ばむ3匹のカラス。始発の空の光は西新宿のビルに注いでキラキラしている。昨夜、原発の白煙で放たれた放射能は鳩の羽ばたきに遊ばれてキラキラ中空を舞っている。見上げた緑色のラブホテルの名前に見覚えがある。ホテル楽苑の廃墟は時を歪ませる。梅雨の合間の蒸気に白いシャツが腋からじっとり濡れている。私はどこへ向かっているのか、目覚めているのか夢なのか。空室を求めて彷徨う男女に目を細め、逃げるように路地を抜けた。大きな大きな道路のそばで、ワイシャツのオッサンが昼飯を求めて群れているのが見える。どこでも同じファミリーマートが忙しなく、信号が点滅し始めたので急いで横断歩道を渡った。建設中のビルには今日も帆布がはためいている。8階建てのビルの横に自転車を停める。自動ドアに手を伸ばし、行き先階数を押して会社へ向かっていることを思い出す間もなくタイムカードを切った。