小さい頃親に叱られて家を飛び出した時は、近所の公園にいたり、家の倉庫に身を潜めていた。そこから親が心配して探し回る様子を見ていた。
display noneなんてそれと何ら変わりないな、なんて思った。見つけて欲しい、引っ張って欲しいと、わざとしっぽを見せて隠れている。間抜けな姿。
それでもそれは、「未だに未熟な」今のわたしの一部分。辛いこと、面倒くさいこと、悲しいこと、出来れば逃げ出したい。でも絶対逃げたくない。こつこつと積み上げているもの、ぐちゃぐちゃに潰したって自分が壊れたって、やりたいことは叶える。display noneで気が済むならいくらでもそうすればいいじゃない。
未熟な私をいくらでも笑って、面倒くさそうに放り投げて、ぐちゃぐちゃに捻り潰して、それから・・・
逃げる場所がどこかに見つかりますように。場所を探している間に、強くなれますように。
「悩むほどに喜びは溢れる」そう教えてくれた父親の言葉の意味を、やっと数パーセントは理解することができたんだろうか。
沈んだり浮かんだりフレ幅が大きいほど成長するチャンスで、凹んでもきっと、大丈夫で・・・