北川透「華やぐ魚」

その日 空に許されて魚たちは飛んでいた 水の呪縛は流れの中で見失われ 火の呪縛は熱の中で見失われ空の呪縛は風の中で見失われる 韻律の呪縛は声調の中で見失われるか 水中で魚たちは鳥をうらやんでいたが 今 翼を与えられると鳥たちの自由はもうむなしいものになった 風を得て魚たちは鳥のように飛んだが それとひきかえに風は魚の意志を支配した 氷雨は魚の飛翔をさえぎり 嵐は翼を痛めつけた 飢えを満たすものは空になく 飛ぶ鳥の自由は地につながれていた その上 魚たちに耐えがたかったのは喉笛も張り裂けんばかりにうたってみたが 空に流れたのは魚の韻律でしかなかった 空は飛ぶことを許したのに 魚はなぜ鳥でありえないのか 魚が鳥になるのでなければ鳥が魚になるべきである としてもそれは誰も決めることができないので 魚は魚の韻律でうたい 鳥は鳥の韻律でさえずるほかなかった それならば魚にとってこの開かれた蒼穹とは この雄々しい翼とは何か 魚はしだいに空が重くなり 翼が苦痛になり 頸は垂れていった 飛ぶことにも風の呪縛があり たとえ喉笛裂くるとも 魚たちはおのれの韻律自体からは解放されない 衆議一決 魚たちはまた暗き水中に帰ることになった 水の呪縛も流れに抗わずば自由となすことができる空では風に向かう力を翼にみなぎらさなくては落下する 暁方 岩に打たれて死んでいる鳥は怠惰だ 水中の洞のなかでは眠っていても流れが餌を運び入れてくれる 鳥たちの呪われた自由まで引き受けることはない そこで魚たちは華やいだ生活をとりもどし 再び水の暗きに慣れた 魚たちはもう鳥をうらやむことはなかった