少女は八歳になったが、言葉を口にしないでいる。しかし、少女を生かすものがあり、少女はそれを彼女なりの仕方で確かめようとしている。血が流れる指をかむことは、ここでは、われわれが自分の言葉や音をうみだそうとすることと同じ営みであるように思う。指を噛むことは少女の言葉であり、舌の傷のいたみのために食物を拒んだのは、少女の語彙なのである。
武満徹「音、沈黙と測りあえるほどに」