蛇の子

25
「あの人たち、どうしてあんなに人を小ばかにしてるの」とクロエはきいた。「労働してるからってそれがそんなに正しいとは思えないわ」
「労働は正しいと聞かされているんだな。一般には正しいと考えられているんだが、実際は、だれもそう思ってやしない。習慣でやっているわけだ。正確にいえば、そんなこと考えないぐらいだよ」
「どっちにしても機械でやれるような労働をするのはばからしいわ」
「その機械をこしらえる必要があるよ」とコランは言った。「だれがそれをつくる?」
「あたりまえじゃないの。卵をつくるには、めん鶏が必要よ。めん鶏さえあれば、卵はいくらでも手に入るわよ。めん鶏からはじめるのが第一よ」
「なにが機械をつくることを妨げてるかを知る必要がある。まず時間が不足してるはずだ。人はみな生きるのに時間を浪費しているよ。だからもう労働するだけの時間が残っていないんだ」
「それはあべこべじゃないの?」とクロエは言った。
「そうじゃない」とコランは答えた。「もし機械をこしらえる時間があったとしれば、そのあとではもう何一つこしらえようとしなくなるだろう。ぼくの言いたいことは、彼らは労働せずに生きられる機械をこしらえる労働をしないで生きるために労働しているってことなんだ」
「ややこしいわね」
「そうじゃないよ。とても単純なことだ。もちろん、こいつはだんだん進歩してきてるはずだが、それほど人はすりへってしまう物をつくるのに時間を浪費してるんだよ……」
「でも、あの人たちが家庭にいて奥さんに接吻したりプールやいろんな楽しみごとに出かけたりするのを好かないと思う?」
「好かないだろうね。だってそんなこと考えないからだ」
「でも、労働が正しいことだと信じているとしたら、あの人たちの欠点じゃない?」
「そうじゃないよ。欠点じゃないんだ。だって《労働、それは神聖にして、正しく、美しいもの。それは何にもまして重んじられ、労働者だけがあらゆるものに権利を有する》と聞かされてるんだ。ただ、彼らを始終労働させるような手筈になってあるので、時間を活用できないでいるんだ」
「だって、それなら、あの人たちはのろまなの」
「そうだ、のろまなんだ。労働こそ最善のものだと信じこませている連中と同調しているのは、そのためなんだ。それが彼らに熟考すること、進歩して、労働しなくなるのを求めることを阻んでいるんだよ」
「ほかのことを話しましょうよ」クロエは言った。「げっそりしちゃうわ、こんなお話は。ねえ、あたしの髪は好きかどうか言って……」
「まえに言ったじゃない……」
彼はクロエを膝にのせた。ふたたび、ふたりはすっかり幸福な感じになっていた。
「ぼくはあんたのどこもかしこも全体を愛してるんだって言ったじゃない」
「それなら、もっとこまかく、どこもかしこも愛してよ」とクロエは、蛇の子みたいに甘ったれて、コランの腕の中に身をすりよせながら言った。




「日々の泡」
ボリス・ヴィアン
曾根元吉訳
引用