生きている

3月最後の土日、2年前も長崎に居たけれど、今年はまたひとりぼっちになってしまった。
福岡を経由しほんの少しの滞在時間。銭座町の病院へと急ぐ。
手指を消毒しマスクを装着し病室に着くと、排泄シートの交換中で家族は外に出されていた。
祖母はもう点滴を入れる場所が無くて、足から点滴を受けている。明日、検査結果の報告があり、転院になるという。
何度も声をかけたが、今回は言葉にならなかった。けれど、写真を見せたり自分のラジオ番組の声を聞かせたりすると、明らかに目と瞼と身体が反応していた。祖母は私に何かを伝えようとして、目線を送り、また、力なく瞼を閉じる。手のひらはほのかに暖かく汗をかいている。
家族の姿を見ながら多くの事を考えていた。言葉とは何だろう。生きるとは、死とは、信頼とは、死とは。
おばあちゃんは私を見てくれただろうか。
ほんの一瞬だったけど、また会えて良かった。おばあちゃん、喜んでくれたかな。
いつかのように話すことはできなかったけれど、言葉はなかったけれど
おばあちゃんと沢山心を分かち合うことができたように思える。
それは確かにおばあちゃんが生きているからだ。


バスターミナルまで見送ってくれた両親に手を振って背を向けた瞬間に不安が涙になって溢れ、血液サラサラのサプリを飲んでいるから私の涙はいつだって凄い勢いで流れていくのかな、なんて考えていて、歩道橋に父と母の姿を見上げ、苦しくて苦しくて、家の扉を開けてそして眠る時までずっとずっと涙が止まらなかった。涙はいつか止まるなんて嘘、涙は止まらない。


おばあちゃん、おばあちゃんはとても苦しくて辛い時、どんなことを考えていたの?どんな風に生きていたの?