仕事の山と「PERSPECTIVE EMOTION WORKSHOP」

この夏は嬉しい事に職場から11連休ものおやすみを頂いたのだ!そんで今日から仕事復活。来てみたらやっぱり机の上には仕事の山(写真参照)。これから頑張ります。

昨日は表題の通り、明大前のKid Ailack Art Hallであった 「PERSPECTIVE EMOTION WORKSHOP」に参加してきました。先日の日記にも書いた通り、即興表現でDUOや集団で音楽や舞踏、パフォーマンスをします。私は恥ずかしながら舞踏とパフォーマンスでの参加でした。大学の劇団時代の舞踏の感覚をもう一度試したかったのです。劇団時代に鍛えられたのは感覚。ダンスではなく舞踏。昨日はそれをもう一度取り戻せたような気がしたし、それでいてそれがあまりに浅はかなものであり、きちんと深めていかなければなからないものだと感じました。パフォーマンスは楽しかった!演劇の人がいて即興芝居ぽくなったり、音楽の人に神経を研ぎ澄まされたり、非常に刺激的でいてまた自己反省させられる充実した夜でした。

今日の日記はこれでおしまい。だって仕事の山がーー



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「死」

死に対面する者に付き添うのには涙がでます。思う心はひとつだからです。



し、と携帯で入力したら死にたいと第一候補が出ました。服薬している薬のせいで多幸感が止まりません。自分に虚しさと失望とやりきれなさを覚えます。



数年前私の彼氏が自殺した時、友人はそれを聞いた当日、ライブの曲目を一転し、浅川マキの『セント・ジェームス病院』を歌ってくれました。それはライブ会場に行けない私にも大きな支えとなりました。というかその歌詞それだけが私の支え、骨でした。



死に対面する者に寄り添うのに勇気はいりません。思う心はひとつだからです。



彼氏の死を経験して思います。死は私の心を食わないと。死は私の心にある。死はいつまでも消えないと。


し、と入力して第一候補に出た死にたいという言葉は死にたいではなく、死にたいめんする、のだと今言えます。今の私は死にたいなんて絶対言わないと。あの日の彼に誓いましょう、寄り添うあなたに誓いましょう。



死に対面してるのは、自分だけではないと。